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経営戦記

「企業は人なり」――。大企業から中小企業まで、どんな企業であってもそれを動かしているのは人であり、意思決定するのは経営トップである。言葉を変えれば、どんな優良企業でも社長が変われば倒産するし、低迷企業も不死鳥のように蘇る。すなわち経営とは日々の戦いであり、経営者に求められるのは不断の努力と決断力だ。話題の企業の経営者はいったいどのような戦いを勝ち抜いてきたのか――

2013年5月号より

「小僧寿し」を買収 再建で試される起業手腕
木村育生 小僧寿し社長

木村育生 小僧寿し社長

きむら・いくお 1958年7月8日生まれ。82年慶應大学商学部卒。同年、米国のミシガン州立大学へ留学。85年帰国と同時にI・Q・Oを設立し、代表取締役に。92年ゼネラル通信工業へ社名変更、さらに2001年にインボイスに社名変更。05年日本テレコムインボイス社長も。07年ダイナシティ社長、11年イコールパートナーズ社長、12年3月、小僧寿しを買収して、社長に就任。

まったく畑違いの分野

〔通信関連企業のインボイスを興し、西武ドームのネーミングライツを得て知名度がアップ。後に不動産ディベロッパーのダイナシティも買収し、1年前、今度は持ち帰り寿司の「小僧寿し」(1972年設立、99年ジャスダック市場に株式公開)を買収してトップに就任――。これらのまったく畑違いの経営道を歩む、異色の起業家が本稿の主人公、木村育生氏だ〕

インボイス時代は、私もイケイケ過ぎたのではと反省しています。主力事業だった通信料金の一括請求代行サービスは、一括請求というエッセンスを売りに、お客様に提案して買っていただきました。たとえば電話料金一つとっても、大企業ともなれば支店、営業所、店舗、研究所、さらに細かい部署ごと、何万通というすごい数の請求書が来る。その数だけ封書を開いていた人がいたわけで、それを一つにまとめることができたから、お客様に喜ばれたわけです。自分で創業したまったく無名の会社が、世の中で知名度が出てきた。これが素直に嬉しかったんですね。

ダイナシティを買ったのは、マンションのような集合住宅住まいの方にも、インボイスで手がけていたサービスをたくさん利用していただこうと考えたからです。そこに前のめりになってしまいました。当初、5万世帯ぐらいをカバーしていたマルコーのマンション管理会社を買いました。でも、管理戸数が増えなかった。そこで当時、たまたま知り合ったダイナシティというマンションディベロッパーを買ったのです。

しかも当時、ダイナシティは経常利益で30億円以上出していた企業なのに、120億円ぐらいで買えるということで、出物だったわけです。ただ、インボイスの売り上げは800億円ありましたが、総資産は200億円ぐらいと、あまり多くない会社でした。一方、ダイナシティは400億円ぐらいの売り上げで、総資産が600億円ぐらいあった。つまり、負債も含めた総資産額ではインボイスの3倍も大きかったんです。つまるところ、総資産が多い会社の経営が、私には得手ではなかったということだと思います。

〔小僧寿しは、業績の低迷から2005年にすかいらーくと資本業務提携し、翌06年に子会社となったのだが、昨年3月にその提携を解消。入れ替わる形で小僧寿し買収に名乗り上げたのが、木村氏が代表を務めている投資ファンド、イコールパートナーズで、同氏は社長にも就任した〕

インボイス自体は業績も順調だったのですが、だんだんいまの仕事に満足し切れず、やんちゃ魂がムクムクと起きてしまった。何か新規事業をやりたい、そんな思いに駆られていた時期に、小僧寿しの話が出てきました。もちろん業種も違いますし、社員数もこちらのほうが圧倒的に多いんですよね。店舗数もトータルで700店以上あるし、アルバイトも総勢5000人ぐらいいます。

この分野はまったく未経験の私ですから、見るもの聞くもの全部新しいわけです。それが楽しい。新しいところで、また自分の可能性が試せると思ってすごくワクワクしました。100%常勤で、毎日小僧寿しの本社に来て、そのほかの仕事は一切していません。ただ、小僧寿しは知名度は抜群でしたが、少しブランドとして腐っていたのも事実でした。

店にエンタメ性が必要

〔確かに業績は低迷中。12年12月期は売上高202億円、営業損益は6億円を超える赤字で、3期連続の営業赤字に陥っている。結果、今年2月には希望退職募集にも迫られた〕

業績を上げる上で、いま一番手かせ足かせになっているのは、店舗数がまだまだ多いということです。当社はピーク時、2300店以上ありました。そこからどんどん減って、いま700店舗ぐらいです。その減ってきた間、本部の経費はそんなに減らず、間接経費が重くのしかかって毎年赤字。店舗ごとの売り上げも少しずつ落ちている中で、いままでは後追いで経費を削減してきました。これはダメだと。一度、経費削減を思い切ってやらないといけない。

これは正しいことだと思っています。ただ、大事な社員の生活を見てあげられなくなるケースもたくさん出てしまったので、私としては、自分の代でなぜこんなことをしなければいけないのか、という思いはすごく強い。過去もリストラはやってきましたが、規模感が足りなかった。買収した時は、こんなに悪くなるとは思っていませんでした。完全に目論見違いです。だから、こんなはずじゃなかったと苦労しているのが正直なところですね。

これまでは、知名度はあるけど安かろう悪かろうのイメージが強かったお寿司屋さんということ。それと、小僧寿しといってもお客様に実態がよく理解されていませんでした。お持ち帰りの、テイクアウトのお寿司屋さんという点を、お客様に正確にアピールしていくことがすごく大事だと思っています。

当社が目指したいのは、お寿司を売るんだけれども、お寿司以外のサムシングも売ることによって売り上げ増を図りたい。そこが、いまなすべき使命だと思っています。具体的には、家で食べようがお店で食べようが、お客様に「今晩の食事は楽しかった」と思っていただけること。美味しかったという前に、楽しかったと思っていただけることが大事なんです。そういうエンターテインメント性が、従来の小僧寿しには欠けていました。

たとえば、店の窓越しに板前がずらっと並んで、鮮魚の頭を落として三枚に下し、綺麗に洗って1枚1枚、しゃりに乗せて握って…という流れをお客様にお見せする。「いらっしゃい、いらっしゃい」と若い板前が元気な声で招き入れれば、もっと買ってもらえるはず。そういう臨場感、それがエンタメになるんです。要は、商品だけじゃないプラスアルファを加えていくことが大事になってきます。あまりコストをかけないで付加価値をつけ、お客様には物凄く大きな付加価値だと思っていただく。このギャップ、この差が粗利の違いになってくるわけですから。

〔外食産業は目下、総じて厳しい状況を強いられているが、昨年末頃から、小僧寿しでもわずかながら回復の兆しは見えてきたという。たとえば、2月3日の節分の日に売った恵方巻きは、過去最高の売り上げを記録したらしい〕

現在の小僧寿しの店舗(上)と、高級路線を意識した新店舗のイメージパース(下)。

昨年の10月から11月ぐらいは、政権交代前で経済的にも底の時期でした。でも、「みんな財布の紐を締めていて…」と言いますが、当時から5000円とか6000円するレストランも流行っていた一方で、980円で買えるものが売れない。安いものを安くしても売れない。高いものでもお客様が価値があると思えば売れる。こういう極端な方向に行っていたんです。安売りが売りの外食大手がみんな悪くなってきていて、スーパーも悪くなりました。

ところが、コンビニ大手は安売りしてないけれど最高益でしょう。レストランも、安さを売りにしていないところほど売り上げを伸ばしています。ですから、小僧寿しも「値引きをすれば売れます、しないと途端に売り上げが落ちます」という状況から脱出して、もう少し上のラインを狙う。値引きはしませんが、小僧寿しの商品を買っていただくと、こんな楽しいことがありますという商品作り・店作りをしないといけないのです。

たとえば、みなさんがよく行くお寿司屋さんが3軒あるとしましょう。その3軒には必ずご自分なりのランクがついていると思うんです。たぶん、商品の値段にはそんなに差はないでしょう。でも、一番安いお寿司屋さんが1位ではないですよね。1位はおそらく、その店に行くと板前との会話が楽しいとか、店の雰囲気がアットホームとか、手の込んだ商品もあるとか、いつもと違うとか、楽しい、賑やか、ワクワクするといった要素を持った店が1位になるはずなんです。そこを、小僧寿しも目指していかないと。

“小僧そば”の構想も

〔アベノミクス効果で円安基調が続き、輸出企業は潤ってきているが、一方で小売業や外食産業は、円安による原材料費アップが、これからボディブローのように効いてくる。さらに来年以降、2段階での消費税増税が追い打ちをかけ、環境としては厳しくなることが不可避だ〕

確かに、消費税が来年、まず5%から8%に上がります。でも、それ以上に景気が上がっていればいいはずなんです。で、たぶん私は上がっていると思います。消費税が上がる直前の1カ月と、上がった後の1カ月は当然、売り上げが全然違うと思いますけど、そんなのは駆け込み需要でしかありません。

いま足りないのは、土地の価格がまだ上がっていないことですが、そろそろ上がり始めるはずです。土地、不動産が上昇し始めると、これは景気上、大きな起爆剤になると思います。どんな時でも、気持ちで景気は上がる。とにかく、みんなで今を否定するのはやめようよと言いたいですね。

株式投資は、いわばハンカチ落としかババ抜きみたいなものです。誰がババを持っている状態で株価がドーンと落ちるか、だけですからね。それが株の世界です。でも、不動産はちゃんと実体もありますから。それから、私は投資家ではなくて、本当に会社を経営したくてやっているだけです。なので株価が高いに越したことはないし、上がった時点で市場で売るか投資家に売ってキャッシュを手にするのは私も嫌じゃない。でも、それが目的で経営しているわけではありません。

私はいま54歳。まだ若いといえば若いし、中途半端な時期かもしれませんが、少なくともあと10年ぐらいは、しゃかりきになって働けると思うんです。小僧寿しをずっと私の事業拠点にしたいし、何年後かに株を売り抜けて、はい、さよならなんて一切ないです。

もちろん、株は売ることもあるでしょう。でも社長としては残ります。経営と所有の分離を考えても、株は持っていてもしょうがない。私は持ち株がゼロになっても社長をやり続けたいと思います。

〔木村氏の持ち株の動向はともかく、まずは小僧寿しの再建に全力投球というのは間違いないところ。ただ、今後はどの業界もますます合従連衡の波に洗われていく。長期的な戦略としては、小僧寿しの将来をどのように描いているのだろうか〕

順調にいって軌道に乗り、利益が出たら、小僧寿しをホールディングカンパニー化して、そこでまったくの異業種を買収するということもあるかもしれません。たとえば、お寿司以外で売れるものがあれば、そういう会社をM&Aするということもあり得るでしょう。スイーツとか、あるいはお寿司で使うお箸を大量に作っている会社、ユニフォームを作っているところなど、いろんなケースが考えられます。

当社ぐらいのサイズの会社が、もっと小さな会社、年商10億~50億円ぐらいまでの企業をちょこちょこ買っていくのは、あまり敵がいなくてすごくいい戦略だと思いますね。

そんなに高級じゃないお寿司とセットになり得る商品って何だと思います? そばなんです。なので、“小僧そば”というのを作ってみたいですね。立ち食いのそば屋があって、その横に小僧寿しとか。小僧そばは朝7時から夜中の1時ごろまで営業していて、小僧寿しは朝の10時から夜の8時まで。こういう組み合わせで、小僧寿し、小僧そばを持ち株会社が経営する。で、美味しいかき揚げそばに太巻きを1つサービスしたら、お客様に喜んでもらえるんじゃないかと。それも、作りたての太巻きを用意する。そんなことを、一からやってみたいですね。

ただ、寿司屋とそば屋は別々に運営して、独立していないといけませんし、そばがメインでちょっとお寿司をつけるのはアリだと思いますが、その逆では難しい。今後、小僧寿しのブランド再生で価値が上がっていけば、小僧そばというそば屋だけのブランド価値も上がっていって、(「小諸そば」や「富士そば」などの競合に)勝てるのではないかと。粋な立ち食い寿司屋があってもいいと思いますね。

(構成=本誌編集長・河野圭祐)

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