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経営戦記

「企業は人なり」――。大企業から中小企業まで、どんな企業であってもそれを動かしているのは人であり、意思決定するのは経営トップである。言葉を変えれば、どんな優良企業でも社長が変われば倒産するし、低迷企業も不死鳥のように蘇る。すなわち経営とは日々の戦いであり、経営者に求められるのは不断の努力と決断力だ。話題の企業の経営者はいったいどのような戦いを勝ち抜いてきたのか――

2013年4月号より

月に「8000万人」が閲覧 カカクコムの次なる一手
田中 実 カカクコム社長

田中 実 カカクコム社長

たなか・みのる 1962年5月6日生まれ。開成中学、高校を経て、86年東京外国語大学ロシア語学科卒。同年三菱銀行(現・三菱東京UFJ銀行)入行。2001年9月にデジタルガレージに転職。02年カカクコム取締役就任。CFOや副社長を経て、06年6月より現職。乗り継いだクルマはすべてマニュアル車と、こだわりを持つ。

価格比較の「価格.com」と飲食店情報の「食べログ」は、いまや消費者にとって欠かせない存在のインターネットサイトだ。サイト運営元のカカクコムは目下、増収増益を連続更新中だが、同社の今後の課題は何か――。

旅行、不動産領域を強化

〔カカクコムの大株主に、レンタルビデオチェーンなどを展開するCCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)が名乗り上げたのは2009年5月のこと。同じ大株主のデジタルガレージとイーブンの20%を持つに至ったのだが、3年後の昨年5月、CCCはカカクコム株を電通に売却した(電通の持ち株は15%)。また、その前年の11年2月、CCCはMBO(マネジメント・バイアウト)によって非上場化を発表している。この一連の流れを、カカクコムの田中実社長に振り返ってもらうと――〕

いま、CCCさんとの提携で形として残っているのは、彼らの「Tポイント」で、それで一番大きな成果を上げたのが当社のホテル予約サイト「yoyaQ.」です。このサイトでリピーターになってくださった方に、従来はインセンティブを付与する手段が何もなかったので、Tポイントで組むことにしました。

「人材育成の強化」を掲げる田中実社長。

CCCさんからすれば、もっと業務提携を拡大したかったのかもしれません。でもMBOをすることになり、それを実行する対価として、取引銀行に借入金の返済を少しずつしないといけなくなりました。そこで、含み益の出ていた当社株を売却益として使っていただけたのは、(CCCの)増田宗昭社長にも喜んでいただけたのかなと。資本での関係はいったん切れましたが、ポイントなど、まだ業務的なつながりはありますし、経営者の先輩として教えていただきたいことも多々ありますので、これからもつながっていけたらいいなと思います。

一方で電通さんですが、先般も先方のある会議に出席させていただいたところ、インターネットを軸にした仕事に従事する部隊が、いま700人規模でいるんだそうです。これからも、ネット関連ビジネスには相当大きな人的リソースを割いていくそうで、出資いただく時に、先方の執行役員の方からこう伺いました。「電通のクライアントは基本的には法人で、BtoBのビジネスだけど、カカクコムはC、つまりコンシューマーの支持を受けている。そのBtoCで成功しているノウハウをつかみたい。なので、資本提携だけではなく、いずれは人的交流も視野に入れたい」と。

〔1年前の年明け早々、カカクコムは予期せぬ災難に襲われた。メジャーな存在になったグルメサイトの「食べログ」で、やらせ投稿業者の存在が発覚したからだ〕

あのトラブル以降、携帯電話番号による認証まで求めるようにしたり、フェイスブックのような、実名登録のアカウントでサイトに入ってもらって書き込みをしてもらうなど、本人性の確認や透明性を、より担保したサービスに変えました。もっと前にやっておけばよかったという反省もありますが、あの一件で、社内改革が加速した一面はあると思います。

ただ、これですべて済んだとは思っていません。インターネットというのは、他のメディアに比べて新しく登場してきたメディアですから、今後もいろんな問題点のご指摘を受けるかもしれない。そういう覚悟はしています。それをなるべく未然に防ぎつつ、指摘された時には、きちんと誠心誠意対応し続けなければいけないですね。

〔カカクコムの代名詞と言えば、価格比較サイト最大手の「価格.com」だが、同サイトと2枚看板を構成するのが食べログだ。ここ数年の閲覧数の伸びからいえば、むしろ食べログのほうが急峻で、レストランのオンライン予約も開始したほか、ポータルサイトの「yahoo!」トップページに食べログボタンを設置するまでになっている〕

価格.comと食べログは、当社の中ではすでにエスタブリッシュされつつあるサービスで、第3の柱を作っていくべく、来期はヒト、モノ、カネを注ぎ込んでいくつもりです。いまのところ、旅行業務や不動産業務といったところに人的、物的リソースを割いていこうと考えているので、第2、第3の食べログを世の中にお示ししたいと思います。

価格.com、食べログともに、非常に大雑把に言いますと、PCとモバイルの利用者数を月間で足し合わせて、それぞれだいたい4000万ユーザーずつなんです。対して、旅行のサイトは夏のピーク時で700万ユーザー、冬場のいまは500万ユーザーぐらいで、不動産サイトに関してはまだ、100万ユーザー程度。

もう1つ、「映画.com」というサイトが500万ユーザーぐらいいるので、2大メディア以外では、トータル1000万強ぐらいのサービスになっています。ここを1500万~2000万ユーザーになるよう、向こう2、3年で作っていくことが大きな目標ですね。

合宿で原点を見直し

〔今年に入ってから、本部長クラス以上の約30人を集め、親会社のデジタルガレージが所有する、材木座海岸(神奈川県鎌倉市)にある研修施設で合宿を行ったという。議論のテーマは「ユーザー本位のユーザーとは誰なのかの問い直し」だった〕

当社のサイトコンテンツにたくさんの方が見にきてくれ、メディア力がついてきたところで、営業スタッフが広告をいただいてキャッシュが入ってくる。これが当社の基本的なビジネスモデルです。でも、〝ユーザー本位〟の「ユーザー」とは誰なのかを聞くと、創業メンバーに近い人たちの定義では、「サイトを見て使って、買い物をしてくださる一般の消費者の方々だ」と。そこに限定すべきだとする人もいますし、広告営業をあずかる本部長は、「広告を出してくださるメーカーもユーザーであるべきだ」と言う。

昨年で、創業から15年が経ちました。ユーザーといえば消費者だけを見ていればいい時代もありましたが、大きくなったメディアを、どうやってこれからも公正中立に運営するか、いままで以上に気をつけないといけない。合宿では意見の集約は敢えてしませんでしたが、この議論に1日費やしたことはすごくいいことだと思っています。同じ会社でも、人によって違う価値観を持っているんだということを、社内で共有することがすごく大事だったわけですから。

古いメンバーほど、消費者だけを見ていればいいという原理主義的な考え方に、ともすれば陥りがちです。私が入社した時(02年)、価格.comの月間ユーザーって200万人だったんです。それがいまは4000万人。なので、難しいテーマではありますが、我々の変わらないスピリットとは何なのかを、もう一度議論し直そうと考えました。

価格.comについては、耐久財も消費財も、手で触れるものはかなり網羅していますので、拡大余地があるのはサービス分野です。お葬式の見積もり比較サービスもやっていますが、最近は金融商品の比較も強化していて、昨年12月から住宅ローンの借り換え比較も始めています。来年以降消費税が上がるので、クルマや住宅など、増税後に支出額が大きく変わってくる分野に消費者の興味は当然、向かう。そこで、お得な住宅ローンの借り換えはどうすればいいかとか、クルマは何に乗ればいいのかといったニーズはすごく大きくなると思うので、この分野は重点強化していきます。

〔ネット企業全般に言えることだが、近年は優秀なITエンジニアの争奪戦になり、新卒で年収1000万円を提示するような企業も見受けられる。カカクコムもすでに正社員だけで500人近くおり、アルバイトや派遣社員を含めたスタッフ数では約700人。かつての、社員数が2桁だった頃の採用とは自ずと違ってくる〕

とはいえ、500人の所帯の企業が100人採るというのは無謀です。25人がマックスでしょう。ソーシャルゲーム業界の急速な発展に伴って、インターネットに向いている人材の採用は、非常に競争が厳しくなっていると思います。新卒でも中途採用でも、他社が高額報酬をインセンティブとして人材獲得に走った時期に、採用が思ったようにはいかないことが、実際あったかもしれません。

でも、すでに当社にいる社員との整合性などを考えた場合、特別大きなインセンティブを与えて、その時代だけ年収が高い層をポコッと会社に入れるべきではないと考えます。そういう判断の下、昨年、一昨年と採用してきましたので、本当はもっと採りたかったのが本音ですが、そういう採用方針で臨んでよかったと思いますね。

〔カカクコムは、景気の動向に左右されずに成長を続けてきた。自己資本比率も6割を超え、無借金。業績は毎期、着実に増収増益を果たしており、安定感は抜群だ。高額報酬とまではいかなくても、給与水準も毎年上がっている。そうなると、大企業ほどではなくても、「寄らば大樹」型志向で採用試験に臨む人も増えているのではないか〕

そのリスクは常に内包していると思っていまして、最初にそれを感じたのは、新卒採用を始めて3、4年目の頃です。履歴書を見て、大企業に入りそうな大学を出た人が当社に入るようになったのを見るにつけ、同じような大学で同じような成績の学生が入ってきたということを、うっすらと感じ始めていました。

このままでは、個性があってキラッと一芸に秀でた人がドロップするリスクが出てきてしまう。そこで毎年、少しずつ採用方針は変えてはいるんです。昨年は、ある管掌役員が内定と言ったら他の役員は一切干渉しないとか、役員の個性や好みで採用がバラけることを、敢えてやってみたりしました。

そこは常に工夫しながら、葛藤もしていますけど、個性ある人材が集まらないといったリスクは絶対にあると思います。何度も何度も役員の目を通してクロスチェックしていくと、結局、同じレベルの同じような人材になってしまうんですね。本部長ぐらいの段階で決めて、社長は一切面接しないというくらいでないと、個性重視の採用にはなりません。

あとは昨年、それまで付与していたすべてのストックオプションが満期を迎えたんです。今年は上場後10年になるんですが、上場前に入ってきた人はストックオプションで非常においしい思いをしている一方で、その後に入ってきた人とは差ができてしまう。両方見ている私としては非常に気持ちの悪い状況なので、昨年自社株買いをした株数の1%を、社員のストックオプション用の原資に割り当てることとしました。まだ若い会社とはいえ、500人まできた社員の、一体感みたいなものをどれだけ強く、かつ長くキープできるかはすごく大事だと思いますから。

米国で「食べログ」を

〔現在、カカクコムの外国人持ち株比率は約37%。海外の投資家は、同社のグローバルな展開にも成長期待を寄せているが、拙速な進出は控えたいという、従来からの慎重姿勢は崩していない〕

いま、価格.comのサーバーは東京に置いているんですが、フィリピンとタイ向けにはサイトを公開しています。フィリピンは英語圏なので、英語で口コミを書いてもらえると、東京からそれを監視するのも非常にやりやすいですし。人口も9000万人ぐらいなので、ネットの普及率から見て、ここはいけるだろうと。

タイもタイ語がわかる人を、アルバイトでうまく雇えたので、この人に東京で口コミを監視してもらう。近々もう1カ国、アジアで展開する予定です。

いまや看板の2大サイト。

各国のユーザー数、閲覧数は堅実に伸びています。でも駐在員事務所や現地法人を作り、サーバーも現地に置いてとなると、初期に投資した資本金を2、3年で食いつぶして撤退ということも起こり得るわけで、そこの損益分岐点がしっかり見えたところで、リスクを取ってヒト、モノ、カネを張っていくつもりです。そういうスモールスタートでないと、危険だと思います。私自身の駐在員経験(東京三菱銀行時代)上、撤退した企業を嫌というほど見てきていますから。

食べログのほうも、将来はグローバルに展開できると考えていまして、できれば米国でデビューさせたいということで、いま準備を進めているところです。

〔今年6月で、田中氏も社長に就任して丸7年。現在50歳とまだ若いのだが、後継者の条件は何か〕

一言で言えば、社長業というのはとてつもなく割に合わないと思っています。365日、会社のことだけ考えていなくてはいけない。それと、掲示板を監視しているようなチームはローテーションを組んで、正月も会社に来てくれています。つまり休めない商売という運命なので、そこを割り切って365日、社業にコミットできるかどうかが、次代を託す人の条件ですね。

(構成=本誌編集長・河野圭祐)

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