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経営戦記

「企業は人なり」――。大企業から中小企業まで、どんな企業であってもそれを動かしているのは人であり、意思決定するのは経営トップである。言葉を変えれば、どんな優良企業でも社長が変われば倒産するし、低迷企業も不死鳥のように蘇る。すなわち経営とは日々の戦いであり、経営者に求められるのは不断の努力と決断力だ。話題の企業の経営者はいったいどのような戦いを勝ち抜いてきたのか――

2013年2月号より

独自モデルで成功した電子雑誌『旅色』のヒット
近藤太香巳(ネクシィーズ社長)

近藤太香巳(ネクシィーズ社長)

こんどう・たかみ 1967年、大阪府生まれ。87年、19歳で日本電機通信(現ネクシィーズ)を創業。2002年、34歳でナスダック・ジャパン(現:ヘラクレス)へ上場。04年11月11日、当時の最年少創業社長として東証1部に上場を果たす。

2007年に発刊した電子雑誌『旅色』が注目を集めている。電子書籍にくらべ収益を出すのが難しいと言われ続けてきた電子雑誌で、黒字化を達成、ネクシィーズの業績を押し上げるまでに成長してきた。他社とのコラボレーションを含め、今後の電子雑誌の展開を近藤太香巳社長に聞いた。

電子雑誌が急成長

〔“電子書籍元年”と呼ばれた1012年。スマートフォンの急速な普及とともに、7月に楽天が電子書籍リーダー「kobo Touch」を発売し、10月にはアマゾンのタブレット端末「キンドル・ファイアHD」が発売され、電子書籍市場がにわかに活気づいてきた。しかし、出版社の側から見ると、収益性という部分では決して順調ではない。取次店を経由しない流通モデルや著作権の問題など、これまでと異なるビジネスモデルが求められ、大手出版社ですら、利益を出せる段階まで進めないのが現状だ。なかでも雑誌の電子版は苦戦を強いられ、紙の出版物にくらべ部数がまったく伸びず、どこの出版社も頭を悩ませている。

そんななか、独自のビジネスモデルで電子雑誌を発刊し、利益を伸ばしているのがネクシィーズだ。子会社のブランジスタが手掛けるトラベルウェブマガジン『旅色』をはじめ、他社とのコラボレーション企画も積極的に展開し、電子雑誌を含むソリューションサービス事業は事業開始から5年で売上高20億8700万円、営業利益5億6300万円を生み出すまでに成長(12年9月期)、ネクシィーズの業績を支えている〕

ネクシィーズにとって、いまや電子雑誌がメインの事業と言えるほど収益的にも成長しています。電子雑誌はソリューションサービス事業として位置付けていて、その他のブロードバンド事業、文化教育事業と併せ、3つのセグメントで売上高が3分の1ずつ上げられる形になってきました。おそらく2~3年のうちにソリューションサービス事業が全体の半分を超えてくるようになるでしょう。それだけ収益的にも期待でき、力を入れている事業になっています。

〔ネクシィーズが電子雑誌『旅色』を発刊したのは07年のこと。現在の読者数は月間80万人、ページビューは400万を超えるコンテンツに成長してきた〕

電子雑誌の発刊を企画した当時、10年にはiPadやキンドルといった端末が上陸し、電子書籍業界が活発になるだろうとの予測を立てていました。そこで3年間くらい先行して取り組むことで、ノウハウの蓄積や他社との差別化を図る狙いもありました。しかし、“電子書籍元年”と本格的に言われるようになったのは12年。思っていたよりも業界の動向がスロースタートだなという印象です。結果的に我々は5年間も先行したことになり、この事業はグループ全体の収益の柱として貢献できる段階になっています。

なぜ、電子書籍の普及がこんなに時間がかかったのかと言えば、既存の出版社は従来のビジネスモデルに存在するしがらみを払拭できないからでしょう。私自身は、紙の出版物はなくならないと思っていますし、書店もなくならないと思っていますが、既存のビジネスモデルに対するしがらみがなかったぶん、思い切った収益モデルに踏み込めたことが大きかったのではないでしょうか。

〔従来の紙の雑誌は、広告収入とともに販売収入も大きな支えになっている。しかし、ネクシィーズが発行する電子雑誌はすべて無料。取次店や書店を通さないことで、媒体自体の値付けの必要がなく、すべてを広告収入で賄っている。インターネットならではの、無料で読者に情報を提供するモデルだ。しかし、インターネットであっても、『旅色』はサイトではない。あくまでも雑誌という体裁にこだわりを持っている〕

私たちは、一流の女優をコンテンツにして、どのようなビジネスができるかを考えていました。インターネットのビジネスを考えた時、実は芸能界にとってはタブーだったわけです。たとえば雑誌やテレビのコンテンツは、いかに読者や視聴者を釘づけにするか、美しく表現するかというクリエイティブな世界です。インターネットはさまざまな情報がガチャガチャと混ざり合う世界です。

かつてテレビとインターネットを融合させるといった言葉が流行りましたが、実は具体化されたモデルを実現できませんでした。その理由として、情報をパッケージ化して届けるというクリエイティブな部分と、自分で欲しい情報を検索して探すインターネットの特性が相容れなかったからだと言えます。

いまでこそ、タレントがブログで日々の行動を綴ることは珍しくありませんが、よくよく見ると、超一流と言われる女優たちは出てきていませんし、あっても管理された発信をしています。なぜならば、プロのカメラマンが、まばゆいライティングのなかで何百、何千枚と撮影したなかで、ピカピカの1枚を選ぶのがスターの象徴であって、携帯で自分でパチリと撮影したものをブログに載せることはスターのブランドに傷がつきかねない。それで、芸能界はインターネットという世界に一定の距離を置いているわけです。

私たちが考えたのは、女優たちがこれなら出たいと思えるような、写真集のようなテイストで美しい世界観をつくることでした。その企画に合わせて、女優が食事のことを語り、温泉のことを語って、食事自慢、温泉自慢の旅館が出てくるように持っていく。ものすごくクリエイティブな世界観を求めたわけです。

ですから、インターネットのサイトに女優が登場するのではなく、雑誌として登場することに意味がありました。これによって、芸能プロダクションや女優さんに喜ばれる、芸能界に受け入れられるものをつくりました。また、多くのプロダクションと提携でき、5年間で60人以上の女優たちに登場していただけました。一流どころが60人登場していれば、出演依頼がスムーズになります。最初から一流が出ることが大事で、最初に妥協して二流を出してしまっては一流の人は出てきません。これがうまくいったと思います。

〔一番の注目は収益モデルがどのように構築されているのかだ。無料の雑誌で制作コストに費用をかけながら、いかに黒字化に導いたのか〕

雑誌にしてもテレビにしてもそうですが、メディアは広告で成り立っています。かつてはこれで右肩上がりに成長できるビジネスだったわけです。ところが、いまやいつ広告が、CMがなくなるかわからない時代になっています。テレビ局は放送外収益を求めるようになり、事業部をも立ち上げています。ある意味では、我々はその放送外収益がメインの収益源になっていると言えます。

というのも、ナショナルクライアントには広告代理店を通してCMや広告営業のリーチが届くわけですが、我々の収益モデルはそれに頼らず、営業マンが1店舗ずつレストランや旅館を回り、小さな広告をもらってくるということをしています。

5年前に『旅色』がスタートした当初は166の施設の掲載から始まりました。現在は厳選された掲載施設数が2400件を超え今期は創刊時と比較して20倍となる3375施設(13年9月期見通し)にまで拡大しています。これらの施設からいただいている掲載料金は月々2万円程度(注・掲載枠によって異なる)、年間でも24万円です。この月々2万円というのが大事で、我々にとっては一年間の継続収入になります。

継続収入は、我々が持っている通信事業で得たノウハウを活かした考え方です。継続収入で損益分岐点を超えれば、上積みされればされるだけ利益になる。これだけで収益として成り立つうえに、ナショナルブランドの広告が入ることで、さらに利益が積み上がるわけです。

コラボレーションで拡大

〔この電子雑誌のビジネスモデルは、近藤氏の想定外の好循環を生み出すことに繋がった。他社とのタイアップ、コラボレーションなどのオファーが舞い込むようになる〕

「新規事業はナンバー1になれることしかやらない」と近藤氏。

楽天トラベルさんからのご提案で、『旅色』とタイアップして、『旅色Seasonal Style』という別冊を出しました。実は、制作費は楽天トラベルさんからいただき、楽天に合ったスタイルのコンテンツとしてつくったわけです。

すると楽天の三木谷浩史社長から私に直接話をいただいて、男性用のファッション雑誌をやりたいとの提案を受けました。それが『GOODA(グーダ)』です。この電子雑誌でモデルが着ている服が欲しいと思えば、クリックすると楽天市場にリンクする仕組みになっています。雑誌のクリエイティブな世界観を見せることでブランディングに繋がり、ECサイトに導くことができます。

私たち自身も『旅色』だけでなく、ウエディングウェブマガジン『MARIA PREA(マリア・プレア)』、ペットと飼い主が一緒に楽しめる新感覚ウェブマガジン『puppine(パピーヌ)』と、計5誌を発行いたしました。

〔現在は5誌体制だが、『旅色』海外版、CEOウェブマガジン、マネー&ライフスタイルウェブマガジンなど、順次拡大していく予定で、13年中には3~5誌の新刊を予定しているという。他社コラボもさらに拡大していく予定だ。加えて、近年普及が進んでいるタブレット端末やスマートフォンにも対応させる〕

楽天さんとコラボしている2誌はすでに“脱フラッシュ化”で、iPadやiPhoneでも読めるようになっていますが、弊社オリジナルの電子雑誌についてはまだ未対応です。こちらも順次対応させていき、最新のHTML技術で13年7月までにはすべてのデバイスで読めるようにします。その意味では、パソコンの前だけでなく、いつでも電子雑誌が読めるようになるわけですから、読者の増加、ページビューの増加も見込めると思います。

さらに“ちょい不良(ワル)オヤジ”で一世を風靡した男性誌『LEON』の元創刊編集長の岸田一郎氏、『NIKITA』で元創刊編集長代理の田上美幸氏を当社に招聘しました。有料の人気雑誌をつくってきた2人が無料雑誌を電子の世界でつくるわけですから、非常に楽しみです。

ナンバー1にこだわる

〔ネクシィーズはかつて、販売代理収入で売り上げを伸ばし、東証1部まで駆け上がった企業だった。それがいま、大きく収益構造を変化させてきている〕

電子雑誌『旅色』。無料で読めることで読者数を広げている。

孫さん(正義氏・ソフトバンク社長)がとてつもないお金と規模でヤフーBBを展開する時に、私たちは企画営業として参加し、急成長してきました。当時のヤフーBBの加入者400万人中、137万人をネクシィーズ1社で獲得しました。かつての衛星放送の代理店で収益を上げた時も、衛星を宇宙に飛ばすなどすごい規模でやっているところに、企画営業として加わったわけです。たくさんのインセンティブももらえましたし、ナンバー1ディストリビューターになってきましたからスケールメリットもありました。それが当時の私たちの立ち位置で、上場に向けてのストーリーのなかでは非常に重要なことでした。

しかし、やっぱり代理店ですから、売る必要がなくなれば我々も必要とされなくなるわけです。自社完結型のビジネスモデルにチェンジしなければ、生き残っていけない。

ネクシィーズは株価上昇ランキングで、すべての上場会社のなかで年間第2位になったことがあります。売り上げ198億円、時価総額900億円。でもここが最大のピークでした。ヤフーBBから撤退すると、今度は株価下落ランキングで年間第2位になってしまった。この時に感じたのは、代理店事業だけではダメだ、そして売り上げを1社に依存するような経営の仕方ではダメだということです。

私は当時から、芸能人を使ったコンテンツ事業をやりたいと考えていました。単なるウェブサイトでは女優に出てもらえなかったので電子雑誌へと繋がったわけですが、エネルギーを費やすのであれば、業界ナンバー1になることをやろうと。

ただ、企画営業をやってきた会社ですから、売れそうなものを見ると売りたくなったりとか、すぐにいろんなものを手掛けたくなってしまうんですよ(笑)。でも、新規事業に関しては業界ナンバー1になれることしかやらないと、そう決めました。

〔近藤氏は、今後、電子雑誌を事業の柱にすると明言している。『旅色』を通して5年かけて築いてきたノウハウを他のジャンルにも活かし、海外進出も視野に入れている〕

紙の雑誌の広告というのは、入りすぎると分厚くなって読者にとっては読みにくいものになりがちです。決まったページ数のなかに、いかに光ったものを入れ込んで世界観をつくっていくかなのですが、広告がそれを邪魔することにもなりかねません。しかしながら電子雑誌の場合、厚さという概念がありません。しかも、動画や音楽といったこれまでの紙の雑誌ではできなかった様々な表現が可能になり、見たいページも瞬時に見ることもできる。そういう意味では自由度が高く、新しい広告の価値を創造できると考えています。

今後、海外版を出していく予定ですが、最初は日本人がハワイや韓国に旅行行くための雑誌を発刊します。その次の段階として、海外の人が日本に観光に来るための英語や中国語に翻訳する機能がついた電子雑誌を作りたい。「世界中で読まれる電子雑誌」を目指していきたいですね。

(構成=本誌・児玉智浩)

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