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企業の匠

製造業、サービスを問わず、企業には「◯△の生みの親」、「△◯の達人」と呼ばれる人がいる。
そうした、いわば「匠の技」の数々がこれまで日本経済の強さを支えてきたのだ。日本の競争力低下とともに、そこがいま揺らいでいるという指摘が多いからこそ、各界の匠にスポットを当ててみたいー。

2017年5月号より

上海の食文化に根づいて27年 ホテルオークラの和食堂「山里」

日本の老舗名門ホテルの中で、ホテルオークラは直営レストランを持っていることが、強みや差別化ポイントの1つになっている。今回は、同ホテルで鍛えた和食料理長を上海に訪ねた。

オークラといえば「山里」

成長著しいアジアを軸に、海外展開を加速しているホテルオークラ。遡ると、その橋頭保は1971年、アムステルダム(オランダ)で開業したことだった。その後、90年には上海(中国)に進出、ほかにもマカオ(中国特別行政区)、バンコク(タイ)、台北(台湾)でも開業し、今年はカッパドキア(トルコ)、来年以降もマニラ(フィリピン)、プノンペン(カンボジア)、サイゴン(ベトナム)と、開業予定が続々と控えている。

見事な包丁使いでマグロを捌く大森朗弘さん。

そして、進出済みの海外5都市のすべてで供されているのが、ホテルオークラの強みの1つといっていい、直営レストランの和食堂「山里」。「ホテルオークラ東京」(虎ノ門)で経験を積んだ腕利きの料理長を派遣し、前述の開業予定4都市におけるホテルでも「山里」を展開する予定だ。世界的な和食ブームの中で、「山里」はクールジャパンの一翼を担っているといってもいい。

もちろん、開業済みの都市はそれぞれ、気候から文化、食の嗜好までさまざまに異なる。女性スタッフが着物姿で給仕をする、オークラ流の丁寧な和のおもてなしは万国共通だが、料理のほうは「山里」の伝統の味を7割がた共通とし、残りの約3割をローカライズする、現地化の黄金比が基本になっている。

では、本稿の「オークラガーデンホテル上海」における「山里」では、どんなオリジナリティがあるのだろうか。

まず、1つの文化体験をしてもらうことも眼目に、予約制ながら、料理長自らお客の会食室に出向き、目の前で出汁をとってスープやソースを作ったり、刺身の盛り合わせを作る「パーソナルシェフ」が、舌のみならず目でも楽しめる日本料理として好評だ。

さらに、上海でしか供していない代表メニューに、「特上黒毛牛すき煮鍋」がある。これはあえて肉を焼かず、特性タレでさっと火を入れることで、肉から溶け出した旨みと甘味を野菜にも染みわたらせた一品。だが、こうして言葉で形容するのは簡単だ。和食料理長の大森朗弘さんは、自慢の料理に仕上げるまでの苦労についてこう語る。

「温度設定にはすごく気を遣いますね。こちらの方はなんでもアツアツのものがお好きなのですが、あまりアツアツでお出しすると肉に完全に火が通ってしまい、肉がどんどん固くなってしまうので、そこのバランスをどう取るかが大事です。もう1つ、鍋の蓋までは本来、温かくなくていいのですが、蓋を触った時に冷たいと、お客様が『この料理はぬるい』とお感じになってしまいますので、ここにも気を配っています」

逆に言えば、そうした微妙な温度加減やお客がどう感じるかまでを考えたうえで料理を出すのが、大森さんの匠の技の真髄といえる。

上海の「山里」における人気ベスト3のメニューは順に、「お造りの盛り合わせ」、「銀ダラの西京焼き」、「鍋焼きうどん」だそうで、ほかにも「甘鯛の一夜干し」なども人気メニューだという。

「これはいってみれば干物で、当店で甘鯛を開いて塩漬けし、鱗ごと干したものなのですが、サクサクっとした食感が人気です。季節ものでは毛ガニでしょうか。(味噌が多い小ぶりな上海蟹に親しんでいる)こちらの方は、大きな毛ガニを普段、ご覧になったことがありませんが、すぐに受け入れられました。焼く、蒸す、煮るの調理法の中では、蒸した料理が特にお好きですね。お魚を蒸すのは中国料理でもありますが、和食でいう山菜など、普段召し上がらないようなお野菜を、魚の旨みと一緒に蒸し上げたようなお料理も好まれます」

このほか、期間限定で手巻き寿司なども提供し、うな重やひつまぶしなども人気メニューになっている。油を使用せず、薄味でその食材を楽しんでもらうことから始めた、野菜炒めなども好評らしい。ちなみに、日本人には好まれるものの、上海の人たちにはやや苦手な料理もある。

「塩気が強いものですかね。お寿司は皆さんお好きですが、シメサバやコハダなど、いわゆる“光りものの刺身”はあまり召し上がりません。もう1つ、冷たいものは基本的にお嫌いですし、酢の物もイマイチです。体を冷やしたくないのでしょう、こちらの方は朝からラーメンでもOKですが、同じ麺でも、夏場であっても冷やしそうめんなどは召し上がりません」

和洋中華超えた経験が糧

ここからは、大森さんの転機や目利き、こだわりなどについて触れていこう。ホテルオークラは、直営レストランを擁していることから朝食も手がけられるほか、宴会需要にも機動的な対応ができ、いろいろな融通が利くことがアドバンテージになっている。また、和食、洋食、中華のコラボレーションであったり、あるいはフュージョン的な料理にも対応しやすくなる利点が、直営レストランにはあるのだ。

「転機になったのは、私が千葉(=「オークラ千葉ホテル」)で和食料理長になった頃ですね。当時、ホテル館内にレストランは1つしかなく、そこに和洋中華、それぞれの料理職人が放り込まれたのですが、ここでは和洋中華のトータルでの売り上げ重視ということで、食のジャンルを超えてお互いに助け合いました。それを、オークラで初めて実験的にやったレストランでもあるのです。

(写真左)上海でしか味わえない「特上黒毛牛すき煮鍋」。(中)現地の人にも人気な「銀ダラの西京焼き」。(右)世界に根を張る和食堂「山里」。
(写真左)「オークラガーデンホテル上海」の開業は1990年。(右)夜間、ホテルは幻想的にライトアップされる。

千葉のホテルに在籍したことによって、料理職人たちは私も含めて、すごく刺激を受けました。縦割りの縄張り意識ではないですが、ホテルという大きな器の中で働いていると、どうしても、偏った知識や考え方になるので、ものすごく当時の経験が役に立っていると思います。

たとえば、お料理で四季折々を表現していくのが和食であり、洋食のいいところはソースがすごいし発酵の文化があること。また、1つのお皿をパレットに見立てて、その中でいろいろなことを表現するんですね。

中華は、ベースになる食材は肉や蟹に海老、それに帆立に鮑と、食材がこの5つぐらいあればほぼいろいろなお料理ができます。ただ、そこに調理法や調味料で何千という種類があることで、料理それぞれの特徴が出てくるわけです。そういうことを理解したうえで仕事ができたことがすごく勉強になり、そこでの蓄積がいま、海外に出ていっても通じる力なのかなと思います」

この「オークラ千葉ホテル」時代の経験を通じ、大森さんは料理の腕のみならず、指導者としての視野も広げ、人格的にも一回り大きくなったといえそうだ。その大森さんに調理法などのこだわりや目利きを聞いてみると――。

「たとえば天ぷらの衣は、簡単なようで難しいというか、湿度や温度、海老が持っている成分によって衣の乗りが違うと言いますか、同じ天ぷらを2度は揚げられないというくらい難しい要素もあります。

天ぷらは単純な料理ですから、鮮度がよくて揚げたてでしたら基本、美味しいとは思いますが、料理人の腕の良し悪しを測る1つの物差しとして、衣の散り方、あるいは海老の尻尾が、揚げた後に少し曲がっているのか伸びているのかのこだわりは見えます。そこを見るだけでも、この店はすごいとか、ものすごく可能性がある店なのかなとか、あるいはこの程度の店なのかといったことがわかる感じはしますね」

天ぷらはわかりやすい事例だが、オークラで20年以上の修業を積んだ板前だけが調理を許される、伝統の一品が「鯛のあら炊き」。これは上海の「山里」でも人気メニューになっている料理なのだが、火加減やアクを取る間合い、調味料の合わせ方などのレシピは存在しない。その、簡単には真似のできない高い技術の伝承こそが、大森さんら、あまたの名料理長を生んできたオークラのDNAだといえる。

(本誌編集委員・河野圭祐)

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