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企業の匠

製造業、サービスを問わず、企業には「◯△の生みの親」、「△◯の達人」と呼ばれる人がいる。
そうした、いわば「匠の技」の数々がこれまで日本経済の強さを支えてきたのだ。日本の競争力低下とともに、そこがいま揺らいでいるという指摘が多いからこそ、各界の匠にスポットを当ててみたいー。

2016年10月号より

水と安全はタダという常識の中でトレビーノを浄水器の定番にした営業ウーマン

「水は東レのトレビ~ノ~」という軽快リズムのジングル。いまや浄水器の定番になっているトレビーノが登場し、今年ちょうど30年を迎える。発売直後はまったく売れなかった商品はどう育てられてきたのか――。

販売ルートをどう作る

いまでこそ飲む水は、ミネラルウォーターであったり、浄水器を通したものが一般化しているが、30年ほど前は、水道の水を飲むのが当たり前だった。

「私は広島出身なんですけど、田舎では井戸水がとてもおいしくて、夏なんかはそれでスイカを冷やしたりしてましたよね」

と笑って話すのが、今回の匠・東レトレビーノ販売部長の佐々木直美さんだ。そして、もしかすると、佐々木さんがいなかったら、いまの日本人はここまでおいしい水にこだわらなかったかもしれないというのが、今回のお話である。

佐々木さんが東レに入社したのは1985年。最初に配属されたのは中空糸膜などの「膜」の販売部門で海外への輸出を行う貿易課という部署だった。しかし、83年のプラザ合意によって急激な円高が進み、時代は円高不況の真っ只中、最初の配属先だった貿易課は解散。佐々木さんは入社1年も経たないうちに、同じ事業部の「小型機器販売課」に異動を余儀なくされた。

「新しい部署に行くと、デザイン性もなにもない足に落としたら骨折しちゃいそうな大きなステンレスの箱があって、それがトレビーノ試作機だったんですね。さすがにステンレス製ではダメだろうということで、その後、樹脂製に改良された据え置き型のものが販売第1号のトレビーノで、2万8500円の価格で発売されました」

「団地にチラシを配ったり店頭の呼び込み販売をしました」と佐々木さん。

これが佐々木さんとトレビーノとの縁の始まりだった。

「当時はうちには販売ルートはなかったので、最初は競合会社の商品を扱う代理店さんに『ライバル会社の商品の横に置いてください』と頼みに行ったのをきっかけに、その代理店の課長さんが私を育ててくださったんです」(佐々木さん)

その代理店の課長に連れられ、佐々木さんの日本全国を回る行商の日々が始まった。

「私のいた部署は逆浸透膜を売るBtoBの商品を扱うところで、デパートやスーパーとはまったく接点がありませんでした。だから、部署内では、誰もそういう知見がないので、代理店の課長さんと北は北海道から南は沖縄まで、デパートのバイヤーさんや問屋さんを回ったんです。これが私の営業ウーマンの原点で、いまも泥臭い営業が苦にならないのは、このときの経験があるからなんです」

と佐々木さんは話す。とはいえ、1号機の売れ行きはぜんぜんで「月3000個も売れれば拍手もの」(佐々木さん)といった状態だった。

一方、商品そのものの改良は進み、日本初の中空糸膜を使用したトレビーノは蛇口直結型浄水器として進化を遂げていた。

そして転機は91年に訪れた。

「商品的には、フィルター部分をタテから横にすることで、コンパクトで目立たなくしたんです。また、価格も改めて見直しました。具体的には、主婦が自分のお財布から買える価格を調査すると『1万円』という数字が出てきた。そこでこの新商品を8800円で発売したんです。そして、この年は異常渇水で水不足になったんです。渇水になると水質が悪くなるため、水道水の水も臭うようになるんですね」(佐々木さん)

こうしたさまざまな条件が重なりついにトレビーノは爆発的に売れるようになった。

さらにこの年、古舘伊知郎を起用したテレビCMとともに、誰もが聞き覚えのあるであろう「水は東レのトレビーノ」のジングルも登場。一気に蛇口直結型の浄水器としてポジションを確立した。

トレビーノの強み

さて、これまでさまざまなメーカーから数多くの浄水器が発売されているが、その中でトレビーノの強みとは何か?

「東レの中空糸膜の高い技術はもちろんですが、交換カートリッジは迷うことがないんです」(佐々木さん)

たとえば、蛇口直結の商品数は、カセッティシリーズで9種類、スーパースリムで7種類あるが交換するカートリッジの型番は2種類しかない。

「お店に行って、カートリッジの向きがタテかヨコかがわかれば、それだけで大丈夫です」(佐々木さん)

と、とてもユーザビリティーが高くなっている。このあたりも実直な企業風土を持つ東レならでは。そして、累計の販売台数は発売20周年の06年で5000万台、14年には1億台を突破、加速度的に増えている。

こうした消耗品を交換するビジネスはさまざまなものがあるが、しっかりとした本体を作り、それを長く事業継続していくことが、長く使ってもらう商品に育てる条件だ、と佐々木さんは指摘する。

そして、トレビーノに対する思いを、こう話す。

「私はトレビーノ草創期の鳴かず飛ばずの時期から、ちょっとヒットしたころまで約16年間携わってきて、その後一時離れましたが、また昨年4月にトレビーノに戻ってきました。東レのような歴史ある会社で、1つの商品が生まれるところに立ち会い、部署も1つの小さな『課』が『部』になり『事業部』へと成長していく過程をずっと見ることができたというのは、一般的なサラリーマンにはとてもできない貴重な経験ができて、幸せだったと思います」

蛇口直結型浄水器としての販売シェア63%のダントツを誇るトレビーノ。これからどう進化していくのか、さらなる成長に目が離せない。

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