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企業の匠

製造業、サービスを問わず、企業には「◯△の生みの親」、「△◯の達人」と呼ばれる人がいる。
そうした、いわば「匠の技」の数々がこれまで日本経済の強さを支えてきたのだ。日本の競争力低下とともに、そこがいま揺らいでいるという指摘が多いからこそ、各界の匠にスポットを当ててみたいー。

2015年1月号より

“世界初「GPSソーラーウオッチ」「ASTRON」の名前に込めた思い セイコーウオッチ セイコー第一企画部 古城滋人

壮大な実証実験

横浜の街を軽快に走る超小型電気自動車「日産ニューモビリティコンセプト」。いわゆる超小型モビリティと呼ばれ、従来にはない新しいカテゴリーの乗り物だ。この超小型モビリティは電気自動車(EV)であることから、省エネ・低炭素化に寄与するとされている。国土交通省も普及・市販に向けた規制改革に乗り出しており、軽自動車よりもさらに手軽な、近場向けの乗り物として期待されている分野だ。

横浜市の観光地によく見られる光景になりつつある。

日産自動車は横浜市と共同で、この超小型モビリティを使ったワンウェイ型大規模カーシェアリング「チョイモビ ヨコハマ」の実証実験を2013年10月から行っている。もともと1年間の期間限定で行われていた実証実験だったが、14年11月1日から第2期の実証実験という形で延長することになった。自治体と企業が一体になった取り組みは大きな注目を集めている。

しかし、もともとこの実証実験は日産本社が主導で取り組み始めたわけではなかった。日産経営戦略本部プロジェクト企画部主担の林隆介氏は次のように話す。

「横浜市から『低炭素交通プロモーション』という公募が13年5月に出されて、我々がそれに応募させていただきました。日産としては、超小型モビリティをこの国で走らせたいという自動車メーカーの思いがあり、横浜市は市内の低炭素化を進めたいという思いがあって、この2つがうまく重なった形です」

チョイモビには多くの実験的要素が盛り込まれている。たとえばワンウェイ型のカーシェアリングという形態もそうだ。通常のカーシェアリングは、借りたクルマを返却する際、もとの出発地点に戻って返すのが一般的だ。しかし、チョイモビはワンウェイ型であり、借りた場所と返却する場所が異なっても構わない。横浜駅前の日産本社で借りたクルマを横浜中華街で返却することもできる。かかる料金は乗っている時間を分単位で計算し、1分間20円(サポータープランを利用の場合)で支払うというもの。このワンウェイ型のカーシェアリングは14年3月から法整備されているが、日産と横浜市は13年10月から導入している。実験だからこそできるチャレンジだ。

「当初は100台規模を目指すという形で30台から始めましたが、最終的には70台でした。13年10月から14年9月末までの1年間、運用した結果、70台では多すぎることがわかってきました。11月から始まる第2期では、50台に減らします。借りた所と異なる所で返せるということは、クルマを置いてある場所と返す場所の両方に駐車場が必要になります。返せる場所を考えながら台数を考えなければ、クルマはあっても目的地で返す場所がなくなってしまう。結局カーシェアが使えなくなるんですね。これは実証実験をしなければわからないことです。そのほかにも1年やってみて、多くのことが学べました」

収益性の向上がカギ

この「チョイモビ ヨコハマ」の会員数は約1万1000人に達している。この人数を50台で回せるのかと不安になるが、会員属性には観光地・横浜ならではの特色がある。

「会員のうち、約3分の1は横浜市民以外の方です。やはり観光地ですので、観光目的で利用している方が半分くらいなんですね。1回横浜に来て、乗って終わりという方もいます。横浜在住の方でも、利用は休日に偏っています。

週末はかなり稼働が高く、稼働が高ければクルマが動きますので、目の前にクルマがなくても少し待てばクルマが来るという好循環が生まれます。1回の利用は約15分、4キロほどです。1回の利用は長くないのですが、1日に何度も利用している。横浜は観光地ではありますが、観光スポットは分散していて、公共交通機関があまり繋がっていません。1日に回れる場所がだいたい2カ所くらいです。チョイモビを使うと、スポットからスポットに乗って移動できますから、1日に3カ所、4カ所と回れるようになります。嬉しい話として、超小型モビリティに乗りたくて来ましたという方もいらっしゃる。横浜市にとっても新しい観光のアトラクションとして認知されつつあります。

「日産ニューモビリティコンセプト」に乗る林氏。新たなカテゴリーは人々の生活を変える可能性がある。

乗る時だけ借りればよいので、そこがレンタカーとは異なるところ。平日の朝には、通勤の際に自宅近くのステーションから、駅に直結している日産本社まで約3分間利用できる。1分20円ですから60円。屋根もついていますから、バスに乗ることなく普通の雨であれば濡れずに駅まで来ることができます」

現在、ステーションの数は60カ所。1回目の目的地まで移動して、いったんクルマをリリース後、再び移動したい時にモバイルから予約をして次の目的地に行く。料金は乗っている間だけなので、1日複数回の利用でも数百円ですむ場合が多い。

「これも1年かけて学んだことですが、分散させるよりも密度を濃くしてステーションを設置したほうが利便性が上がることがわかってきました。ここになくても2分歩けばクルマが見つかるという感じでギュッと密度を高める。横浜駅から山手、元町までの約4キロ、幅3キロくらいの中に約60カ所のステーションがあります」

将来的な事業化を考えた場合、課題となるのは平日と休日の稼働率の差が大きいことだ。平日でもいかに稼働率を上げ、収益を安定させるかがカギになる。

「平日には、もっと仕事で使っていただきたかったと1年を通して思っていました。日本では、業務時間中の自動車の運転を労災等で認めていない企業が多いのが現状です。11月から始まる第2期では、法人料金プランも導入して、たくさん使っていただこうと考えています」

この「チョイモビ ヨコハマ」のプロジェクトに参加しているのは、みな30代の若い世代。林さんは自らこのプロジェクトに手を挙げ、チームの人選も提案したという。会社側もそれに応えて編成した形だ。

「ルノーとのアライアンス以降、、女性、外国人、年齢といった壁がなく、風通しがよい会社だと思います。可否はともかく、自分がやりたいことを積極的に提案できる環境がある」

若い世代に任せるとはいえ、日産も単にお金を出し続けるわけにはいかない。横浜市としても税金を投入しているだけに、実証実験で何が得られるかが重要になる。

「1期を始める時には、1年で終了する予定でした。ただ1年経験したことで、もう少し深く取り組まないとわからないことも出てきます。これを常態化したサービスにするには、横浜のみなさんに必要なものと認識してもらうことが必要です。横浜市民のためという要素が強くなるほど、公的な面が強くなり自動車メーカーである日産ではなく、行政が取り組む事業としての色が濃くなってくるでしょう。

充電器の設置やステーションの整備も街づくりの一環となります。自動車メーカーとしてはクルマや仕組みを提供することはできても、最終的には行政あるいは市民団体等に運営を託すべきではないかと考えています。

移動が変われば生活が変わる。生活が変われば人生が変わると思いますから、この実証実験を通して横浜の街がどのように変わるのか、いい方向に変わるお手伝いができればいいですね」

(本誌・児玉智浩)

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