ビジネス誌「月刊BOSS」。記事やインタビューなど厳選してお届けします! 運営会社

企業の匠

製造業、サービスを問わず、企業には「◯△の生みの親」、「△◯の達人」と呼ばれる人がいる。
そうした、いわば「匠の技」の数々がこれまで日本経済の強さを支えてきたのだ。日本の競争力低下とともに、そこがいま揺らいでいるという指摘が多いからこそ、各界の匠にスポットを当ててみたいー。

2014年2月号より

ひと夏の蜂駆除回数1000件 害虫駆除のスペシャリスト

誕生5年で日本一に

毎年、夏から秋にかけて、必ずワイドショーなどで報じられるのが、蜂の駆除だ。家の軒先や住宅近くの木のウロなどにスズメバチが大きな巣をつくり、それを駆除するプロとの間で熾烈な「戦い」が繰り広げられている。

この蜂との戦いにおいて、年間1000件という、日本でもっとも多い駆除数を誇るのが、さいたま市に本部を持つアイディーサービスだ。多い時には1日に25もの蜂の巣を駆除したことがあるという。しかもサービスを開始してわずか5年で、ここまで成長したというのだから驚かされる。

右が篠崎社長、左が古満氏。誕生まもない会社だが、社内は活気に溢れている。

社長の篠崎治氏(43)は、かつて生保会社に営業マンとして勤務したのち、家業の住宅設備業に携わっていたが、そこから害虫駆除へと転身した。その経緯が面白い。

「小さい頃の夏の夕方、宇宙服のような格好の人を見かけたことがあります。一目見た瞬間、かっこいいと思いました。それがスズメバチの駆除でした。やってみたいと素直に思いました。だけど、まさか本当にやるとは、自分でも想像もしていなかったし、サラリーマン時代には、自分で会社を立ち上げようなんて思ってもいなかった」(篠崎氏)

住宅設備の仕事をしていると、厨房などでゴキブリなどの被害に苦しんでいるケースに出会うことがある。最初はそこから害虫駆除に取り組んでいたのだが、その仕事が面白くなり、会社を立ち上げ専門に取り組むことにした。2008年に会社を設立、09年から本格的サービスを開始した。

「蜂の駆除に関しては完全に独学です。最初の仕事はアシナガバチの巣の駆除だったのですが、初めてということで、市の職員が6人も来て、仕事ぶりを見守っていました。巣を駆除したあと、地面に落ちていた幼虫を拾って片付けていたら、『そこまでやってくれるところはなかなかないですよ』と言われたことを覚えています。自分としては当たり前のことをやっただけなんですけどね」(同)

それにしても、わずかな年月の間に、これだけの件数をこなすようになったのはなぜか。

「特別なことは何もやっていないですよ。蜂の駆除の多くは、悩んでいる人が市役所に駆除を依頼し、そこから私ども業者に連絡がきます。そこで当社では、すぐに電話に出る、電話を受けたらその日のうちに駆除にいく、ということを徹底しました。13年からは蜂駆除の専門チームをつくり、体制をさらに整えました。蜂の被害に困っている人は、できるだけ早く駆除にきてもらいたいと思っているはずです。その要望に応えていたら、仕事がどんどんくるようになりました」(同)

蜂の駆除サービスを行っている業者は全国に数えられないほどある。しかしほとんどが個人事業者であるため、仕事が重なった場合、即日対応することはむずかしい。そうなると、依頼する側としても確実に即日駆除してくれるアイディーサービスに頼みたくなるというものだ。2年前の駆除件数が70件、1年前が100件、それが一気に1000件に跳ね上がったということが、アイディーサービスの評価を物語っている。

しかも、14年はこれがさらに増えることになりそうだという。

「年によって蜂の数は増えたり減ったりします。13年はここ数年では非常に少ない年でした。ですから14年は間違いなくそれ以上の駆除件数になると思います。それに備えて、体制をさらに拡充する必要があると考えています」(同)

アイディーサービスが駆除するのは蜂だけではない。蜂は夏の間の半年間に仕事が集中するが、1年を通して依頼があるのがゴキブリやネズミの駆除である。ホテルやレストラン、食品工場などでは衛生管理上、駆除が求められる。さらに、アライグマやハクビシンなどの小動物の駆除も手掛けている。

「特に最近増えているのがアライグマですね」(同)

ペットとして輸入されたアライグマだが、いまではすっかり野生化し、旺盛な繁殖力によって数が増えたために、日本各地で問題になっている。農作物を荒らすほか、家の中に住み着いて、屋根裏を走り回る。その騒音はネズミなどの比ではなく、住人は安眠できないという。また同じ場所で糞尿をする癖があるため、天井板が腐食して穴が開いてしまうこともあるという。

動物好きだから生態がわかる

同社で、ゴキブリや小動物駆除などでリーダー的役割を果たしているのが古満健氏(26)だ。古満氏は大学の畜産学部を卒業したあと、別の駆除会社に就職、2年前に転じてきた。「もともと生物に携わる仕事がしたかった」そうだ。

害虫駆除のためには生物の生態を知る必要がある。

篠崎社長に言わせると、害虫・小動物駆除に携わる人は、動物好きな人が多いという。動物が好きで、動物の生態に関心があるから、より効果的な駆除ができるのだ。古満氏はその代表格で、非常に研究熱心なのだという。

「大量のゴキブリやネズミがいる現場を見ると、どうやって駆除したらいいのか、ワクワクします。こうしたケースは、単に消毒した退治しただけでは問題は解決しません。そこに大量発生する理由があるはずです。住みやすい環境だったり、外から入りやすくなっていたり、理由はさまざまです。その原因を突き止め、対処する。ですから、ある程度の時間もかかります。でもそうやって完全に駆除に成功したあと、お客さまに『本当にありがとう』と言っていただいた時、この仕事をしていてよかったと思いますね」(古満氏)

より効果的な駆除をするためには、依頼主側の協力も欠かせないという。依頼主の中には、駆除は業者に任せた、という人もいるというが、併せて厨房の改善など行うことで、駆除がしやすいだけでなく、将来的にゴキブリやネズミが住み着かないようにもなるという。

「われわれの仕事というのは、虫や小動物を単に殺せばいいというものではありません。家の中や近くまで入りこまなければなんら問題はないわけです。ですので、いちばん大事なのは、そういう生物をどうやってコントロールしていくかということです」(同)

前述のように、アイディーサービスはまだ誕生して間もない会社である。社員数にしてもまだ20人に満たず、サービスを提供する地区も埼玉県を中心に関東にとどまっている。

しかし、篠崎社長の夢は、はるかに大きい。

「これまでは、ただひたすらに頑張ってきました。いただいた仕事はすべてやる。同時に技術を磨いていく。このことに集中して、プランも何もなく、とにかく必死になって走ってきました。でもようやくここにきて土台ができた。信用もいただけるようになりました。そこで最近は、将来を考えるようになったし、もっともっと大きくなりたいと思うようになりました」(篠崎氏)

海外進出も視野に

害虫駆除の世界では、大手と言われる会社が3社あるという。その売り上げは70億円から150億円ほど。いまのアイディーサービスでは足元にも及ばない。しかし、いずれはそれに匹敵する、あるいはそれを凌ぐほどの規模を目指すという。そして社名を聞いたら誰もがわかる会社にするのが夢だという。

2014年はもっと多くの蜂駆除を行う可能性も。

「よく背伸びをするとか言うじゃないですか。目標を少し高く設定して、それに向かって進んでいく。でもそれでは面白くない。どうせならジャンプしなければ届かないものを目指していく。それを繰り返していけば、いつかは大手に追いつくかもしれません。でもそのためには、大手と同じことをやっていたのでは絶対に追いつかない。そうではなく、自分たちしかできないことを増やしていきたい」(同)

進めようと考えているのは「駆除をしない駆除」だという。禅問答のような言葉だが、一例をあげれば、害虫駆除の用具を開発し、自分たちで使うだけでなく、これを同業者に販売することで、売り上げを拡大していこうというのだ。あるいは、駆除した小動物の焼却施設を建設することも検討中だ。こうした施設を同業者に開放すれば、感謝もされるし収益にも寄与することになる。

東南アジアなどの海外進出も視野に入れているという。

「国内市場で大手と勝負しようとしても、拠点数からしてかないません。それだったら、海外で勝負したほうが面白い。害虫駆除が仕事になるにはある程度、衛生観念が発達しなければならないかもしれません。でも、発展のスピードを考えると、そう遠くない将来、そういう時代がくると思います。だからそうなる前に準備しておく。たとえば東南アジアの人たちを研修生として受け入れて、時期が来たら彼らに帰国してもらって、事業を展開してもらうなど、やり方はいくらでもあると思います」(篠崎氏)

経営者がこれだけ気宇壮大だと、ついていく社員も大変だと思うのだが、前出の古満氏なども「面白いと思いますね」と言う。

「国や地域によって生息する生物はさまざまです。海外に進出するということは、その地域の生物の生態系を調べ、それに対応した駆除の方法を考えるということですから、ぜひともやってみたいですね」(古満氏)

篠崎社長や、古満氏の言葉に繰り返し出てくるのが「面白い」というフレーズだ。この言葉は、篠崎社長が何か始める時のキーワードでもある。

「いろんなことをやるのもそれが面白いからです。実は害虫駆除の中でも、シロアリ駆除を当社はやっていません。依頼があれば他の業者を紹介しますが、直接はやらない。というのも、私にしてみればあまり面白いと思えないからです。だったらもっと面白いことをやろうよ、と考えてしまいます」(篠崎氏)

この考え方が、もしかしたら誕生まもないアイディーサービスが急激に成長し、社員数も増えてきた理由かもしれない。元は同業他社にいた古満氏も「よそにいる頃から篠崎のことは知っていましたし、そのビジョンや将来の夢を聞くにつれ、一緒に働きたいという気持ちが強くなったし、今後、この会社は伸びるだろうなと思いました。以来2年たちますが、この直感は間違っていませんね」と語っている。

「人間の生活の中で、仕事の比重がいちばん大きい。だとしたら、ここで面白くしなかったら意味がないじゃないですか。だから、面白いことを追求する。安定なんてまったく考えていませんね」(篠崎氏)

経営ノート | 社長・経営者・起業家の経営課題解決メディア

WizBiz代表・新谷哲の著書「社長の孤独力」(日本経済新聞出版社)

WizBiz代表・新谷哲の著書「社長の孤独力」(日本経済新聞出版社)

 

0円(無料)でビジネスマッチングができる!|WizBiz

WizBizセミナー/イベント情報

経営者占い