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企業の匠

製造業、サービスを問わず、企業には「◯△の生みの親」、「△◯の達人」と呼ばれる人がいる。
そうした、いわば「匠の技」の数々がこれまで日本経済の強さを支えてきたのだ。日本の競争力低下とともに、そこがいま揺らいでいるという指摘が多いからこそ、各界の匠にスポットを当ててみたいー。

2014年1月号より

電動アシスト自転車の開拓者

初の専用設計モデル

2013年、ヤマハ発動機の電動アシスト自転車「PAS」が発売20周年を迎えた。「世界新商品」として1993年に誕生、その発売以来、同社の累計総出荷台数は225万台(12年末時点)を超え、年間10万台以上を販売するヒット商品となっている。

商品には絶対の自信を持つ森本氏。

「PAS」の名前の由来は、Power Assist Systemの頭文字を取ったもの。文字通り、電動モーターの助けで、急な坂道や重い荷物を載せた状態でもスイスイとペダルを漕ぐことができる。シニア世代だけでなく、自転車の前後に小さな子供を乗せたママさんユーザーも急増していることから、いまや街で見かけない日はないほど。電動アシスト自転車は生活の足として定着しつつあると言っていい。

そのヤマハが、PASシリーズで初めてBtoB向けに専用設計モデルを発売した。11月1日に発表された「PAS GEAR CARGO(パス ギア カーゴ)」がそれで、三輪の電動アシスト自転車と脱着可能なリヤカーを組み合わせた配送業務専用モデルとなっている。リヤキャリア20キログラム、専用リヤカー100キログラム、フロントバスケット3キログラムで、合計123キログラムの荷物の積載が可能。宅配便をはじめとした配送業務に特化したつくりになっている。

これまでもビジネスモデルのPASは発売されていたが、営業業務の訪問・巡回用車という位置づけで、ここまで用途を限定した法人向けモデルはなかった。ヤマト運輸での採用がすでに決まっており、ヤマハの積極的な仕掛けが感じ取れる商品だと言えるだろう。

しかし、ヤマハは、本来は世界第二位のモーターサイクルメーカー。20年前に世界で初めて誕生した電動アシスト自転車は、どのような発想から生まれたのだろうか。

「自転車への着眼は、実はかなり古くからヤマハのなかにありました。低炭素化社会で地球にやさしく、大量の人数で移動するのではなく、個人が移動するために使うパーソナル・コミューター。その究極の乗り物は自転車でした。自転車の弱点はというと、急な坂道や向かい風です。ここに人力を補助する動力があればどうだろう。どんな商品が提供できるのか、といった着想は70~80年代から始まっていました。当時は小さなガソリンエンジンを搭載したものから始まり、さまざまな形の技術開発に取り組んだのです」

こう語るのはヤマハ発動機事業開発本部SPV事業部事業部長の森本実氏。国際A級ライセンスを持ち、鈴鹿8時間耐久レースにも参戦したライダーでもある。後述するが、PASの開発にはモーターサイクルの経験者が大きな役割を果たしているのだという。

話を戻すと、ヤマハは73年に25cc小型ガソリンエンジンを積んだ自転車を、82年には35ccの小型エンジン付マウンテンバイクを試作していた。それらが商品化に至らなかったのは、エンジン付は技術的な問題もあり、ヘルメットも運転免許も不要な、手軽な乗り物でなければならなかったからだ。つまり自走してはいけない。あくまで人力の補助を求めていた。

「80年代後半には電動モーターでアシストするという新しい発想で研究がはじまりました。背景にはバッテリーやコンピュータの小型高性能化など、急激な技術革新があったからです。

しかし、製品化に至るまでは、商品とは別に大きな問題もありました。日本には20年前、電動アシスト自転車に関するレギュレーションがなかったのです。

道路運送車両法と道路交通法の兼ね合いで、当時の運輸省や警察庁に対して、さまざまな働きかけを行いました。電動アシスト自転車はあくまで自転車の延長戦上にあり、省エネや排出ガスの削減にも繋がる公益性の高い乗り物であることを訴えたのです」

社会性が認められ、自転車として認可が下りたのが93年。その年にPASは発表され、11月1日に神奈川、静岡、兵庫で地域限定発売、翌94年4月1日に全国発売されている。96年にはパナソニックも電動アシスト自転車の販売を開始し、市場が広がりを見せるようになっていった。

「当初は特許をがんじがらめにして、ヤマハ単独で事業をスタートすることもできたはずなんですが、私たちの諸先輩は、それをしませんでした。他社が参入してくることで、業界が大きくなる。一社では力が足りないことはわかっている。みんなで業界をつくろう、強くしようと始めた事業です。結果として20年間で国内に40万台の市場ができた。我々はパイオニアとして、さらに一歩、新しい技術、提案をしていこうと考えています」

技術の進歩で市場拡大

現在の市場シェアを見ると、三洋電機を取り込んだパナソニックが約50%を占め、それをヤマハが約30%で追う展開。国内3番目のメーカーはブリヂストンだが、ヤマハとブリヂストンは車体と電動アシストユニットを相互供給する関係にあり、実質的にはパナソニックvsヤマハ・ブリヂストン連合軍の争いになっている。国内市場は3社で約9割を占める。ちなみに、国内で販売された自転車の約15%が電動アシスト自転車になっているという。

普及の追い風になったのが販売価格の低下と電池性能の向上が挙げられる。93年当時に発売されたPASは価格が14万9000円と原付バイク並みの価格だったが、現在では最廉価モデルは8万9800円まで低下。販売店によってはさらに安い価格で販売されている。

「PAS GEAR CARGO」は、ヤマト運輸が機能検証の協力をしている。

走行距離も93年の20キロメートルだったものが、現在は50キロメートルを超えるものも珍しくなく、モデルや用途によっては70キロメートルを上回るものまで登場している。低価格化と高性能化を後押ししたのは、電池の分野での技術革新が大きい。

「どんなにいいエンジンをつくっても、ガソリンがなければ動かないのと同じで、電動アシスト自転車もバッテリーがカギになります。この20年間で鉛バッテリーから始まり、ニカド、ニッケル水素、リチウムイオンと進化を続けています。バッテリーに関しては、まだまだ技術開発が進む過程段階だと思っています。それぞれの時代によって、一貫しているのは軽量・コンパクト・高性能というキーワードです。いかにバッテリーを小さく、長く使い続けられるか。さらにバッテリーは、危険もはらんでいる。ですからヤマハ発は、安全性に関することすべてにアンテナを立てて、その時代にベストと思われるマテリアルを使って取り組んできたのが、この20年です」

バッテリー以外にも、モーターサイクルで培ったヤマハの技術が自転車に注がれるようになってきている。一つが前述の「PAS GEAR CARGO」に採用されたスイング機構。二輪車の場合、カーブを曲がるのはハンドルを切るのではなく、リーン(傾けること)を行う。リーンは体重と遠心力のバランスにより安定性を増すことができるが、自転車をリヤカーに固定しただけだと、自転車本体を傾けることができないためにリーンによるバランスが取れなくなってしまう。スイング機構をつけることにより、リーンが可能となり、重い荷物を載せていても、カーブを曲がる際の安定感が増す。

「PASはモーターサイクルの経験者が、走る・曲がる・止まるをチェックしていますので、運転のしやすさ、快適さには、かなりこだわりがあります。私も今回の商品を試乗した際に、リーン感覚が嬉しくて、『わぁ!』と声を出してしまいました。電動アシスト自転車にも運転するワクワク感というのをお客様に伝えたいですね」

独自のトリプルセンサー

PASが20周年を迎えるに伴い、2013年モデルからヤマハは様々な新技術を採用してきている。見た目にもわかりやすいのが、バッテリー残量表示。初期モデルではパイロットランプの点滅の仕方で充電状態を知らせていたが、11年モデルからバッテリー残量がパーセント表示でわかるようになり、13年モデルに至っては、走行モードによってあと何キロメートル走れるかの目安をデジタルで表示する機能までついた。

電動アシスト自転車の心臓部にあたるドライブユニットにも新技術が投入された。従来にはなかった「クランク回転センサー」を搭載し、センサーが3つとなるトリプルセンサーシステムを開発。これはヤマハだけの技術となっている。

「日本のレギュレーションでは、自走することは許されませんから、人間が『前に進むぞ』という気持ちがなければ前に進んではいけないんです。従来はペダルの踏む力を感知するトルクセンサーと、走行中の車速を感知するスピードセンサーで、アシストをするかしないかを判断していました。

しかしながら、ペダルを漕ぐというのは、いわゆる2気筒なんですが、上死点と下死点があって、本人が前に進みたくても力が抜けてしまう死点が存在しています。他社さんもダブルセンサーは投入していますが、我々は一歩上に行かなくてはいけませんから、より自然な乗り心地を実現するために、死点をなくすことを考えたわけです。

漕いでいる時というのは、クランクシャフトは回っているわけですから、回転センサーをつけて察知することで、本人が前に行きたいという意思が伝わる。上死点と下死点でアシストが途切れることがなくなり、より安定してアシストを受けることができます。乗り比べれば違いがはっきりとわかりますよ」

電動アシスト自転車は、国内は40万台の市場だが、欧州では100万台に達する市場になっている。半面、アメリカやオーストラリア、アジアの国々は、電動アシストのレギュレーションがなく、本格普及には至っていない。

「レギュレーションや認定技術があって、商品として成り立っているのは日本と欧州だけです。90年代にヤマハも欧州にチャレンジしたんですが、当時は『健康のために自転車に乗るのだからアシストはいらない』と相手にされませんでした。我々が撤収したあとに、欧州メーカーが我々の商品を研究し、市場を席巻してしまいました。ドイツの電動工具メーカーのボッシュが電動アシストシステムではかなりシェアを獲っています。

欧州では各自転車メーカーごとに電動アシスト自転車が発売されていて、モーターなどのシステムだけを買って自社製品に載せています。現在ヤマハでは、世界一の自転車メーカーである台湾のジャイアントと提携し、ドライブユニットを供給している。今後も採用メーカーが増えるように交渉を展開しているところです」

日本国内においても、まだまだ普及させる余地は大きいという。市場を牽引したシニア層、子育て層に加え、10代の学生をターゲットにしたモデルも投入された。ビジネス需要も含め、さらに市場が拡大する見込みだ。

「日本で試乗会を開いても、7~8割のお客様は『初めて乗りました』という。購入していただいたお客様にアンケートを取ると、7~8割は『初めて買いました』という。まだまだ電動アシスト自転車に乗ったことがない人が多いということです。私たちは乗り物メーカーですから、排出ガスが出るものも作ってきましたが、次世代のためにきれいな地球を引き継ぎたいという信念のもと、低炭素化社会に貢献しようというビジョンがあります。その意味では、電動アシスト自転車の普及は貢献に繋がる。日本、欧州以外の地域でもレギュレーションが整えば、世界中どこでも飛んでいく準備はできています。

世界中の人々にヤマハの電動アシスト自転車を知って乗ってもらいたい。生活を豊かにしてもらいたい。笑顔を創造したいというのがテーマですね」

(本誌・児玉智浩)

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