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企業の匠

製造業、サービスを問わず、企業には「◯△の生みの親」、「△◯の達人」と呼ばれる人がいる。
そうした、いわば「匠の技」の数々がこれまで日本経済の強さを支えてきたのだ。日本の競争力低下とともに、そこがいま揺らいでいるという指摘が多いからこそ、各界の匠にスポットを当ててみたいー。

2013年12月号より

大規模修繕の駆け込み寺依頼が殺到、5つの理由

印象的な社名を商標登録

中古マンション売買やリフォームなど、最近の住宅を巡る事情やビジネスは今回の「経営戦記」をご参照いただくとして、まだまだ多くの人にとって家は一生に一度の買い物で、“終の棲家”というのが実情。となると、マンションの経年変化とともに避けては通れないのが大規模修繕だ。

そこで問題になりがちなのが、ある意味利益相反する、マンションの管理会社と管理組合の関係である。管理会社側からすれば、経年ごとに予め計画されている修繕を促すのもサービスの一環であり、そのために修繕費を積み立ててもらっている。一方の管理組合は、修繕費をできるだけ抑えたいが、専門知識の不足が悩みだ。

伊藤洋之輔・外装専科社長とダイヤモンド社から出版された同氏の著書。

その、弱い立場の管理組合にとって、いわば“お助けマン”的な存在といえるのが本稿の「外装専科」である。社名だけ聞くと一見、お洒落なアパレル企業と勘違いしそうだが、創業社長の伊藤洋之輔氏(1945年生まれ)は、こう語る。

「かつて工事で使っていたシーリング材に“外壁専科”という変わった社名を見つけて、そこからヒントを得ました」

印象に残る、社名を商標登録してあるだけでなく、同社のホームページや伊藤氏の名刺にも刷りこんである、“マンション大規模修繕かけこみ寺”というキャッチフレーズも商標登録済みだ。これだけみても、同氏は商才あるアイデアマンといっていいだろう。

そして社名の〝専科〟のとおり、いたずらに手を広げない。戸建ては手がけずマンション修繕だけに特化し、給水管の交換やリフォーム、リノベーション分野にも進出していない。あくまで屋上の防水工事や外壁、廊下工事など、文字通りマンションの外回り工事に集中しているのが特徴だ。

「外装専科で再出発して今年でちょうど10年。3年前の9月に『ガイアの夜明け』(テレビ東京のドキュメンタリー番組)で取り上げられて以降、依頼が殺到するようにはなりましたが、その1年ぐらい前から、すでに見積もり依頼が目に見えて増えるようになりました。後で考えると、ホームページ上に載せた『大規模修繕のかけこみ寺』という文言に惹かれた方が多かったんでしょうね」

とはいえ、当事者がいくら駆け込み寺を自認しても、看板に偽りない、丁寧で良心的な工事実績を積み上げなければ、インターネット上で口コミ評価がたちまち広がってしまうこの時代、定評を獲得し続けていくことはたやすくない。

外装専科を頼ってくるマンションの管理組合は、まさに切実そのものなようだ。その事例として、こんなケースがあるという。

「権限を持つ管理組合の理事長が1年で代わるとか、あるいは何もわからない素人の方が理事長に就く一方で、管理会社はなるべく工事を請け負いたいし、かつ規模も大きくやりたいんですね。だから、先延ばしにしていいような工事もひっくるめて提示してくることがある。たとえば、当社では1500万円ぐらいで請け負った工事が、管理会社の見積もりではその3倍ぐらいの額を提示されたという例があります。

一方で、修繕積立金は2400万円ぐらいしかないという。それでびっくりされ、お困りになって当社にお声をかけていただいたわけです。当社なら、工事後も1000万円近い積立金が残るわけですが、管理会社の言うがままだったら大きな借金をしなければいけなかったのです。管理会社、あるいはコンサルタントもそうですが、そういうところが見積もると、1所帯あたり100万円といった相場があるようで、修繕費がかなり大きな金額になってしまうんですよ」

最大の特徴は「吊り足場」

管理組合側からすれば、当然のように高い見積もりを出す管理会社に怒りを覚える一方で、当初は「なぜ、外装専科ではそんなに安くできるのか」という思いも錯綜したのではないか。前述したような、3倍もの開きが出る工事価格は、どこがどう違うのだろう。

コストのかかる組立足場でなく、ビルの窓ふき清掃にヒントを得て、ブランコやゴンドラを使った吊り足場でコストを軽減。

その要因はいくつかある。たとえばマンション屋上の防水工事など、まだ先延ばしできる工事については次回での修繕を促すことが1つ。管理会社側の主張する、単純に10年、15年刻みで計画されたような修繕工事は、必ずしも必要でないケースが少なくないからだ。そういう仕分けをしただけでもずいぶん費用総額に違いが生じる。要は、管理組合側に修繕知識や現状認識がしっかりなければ、管理会社に押し切られてしまうことになるのだ。

2つめは、外壁工事では組立足場を組むのが一般的だが、この組立足場が工事コストを大きく膨らませるため、外装専科ではビルの窓ふき清掃にヒントを得て、下の写真にあるようなロープを使ったゴンドラ足場などでコスト軽減に成功している。

3つめが、これも商標登録している「ワンコート塗装」(=1回塗りで仕上げることができる塗装工法)で、他社にない特徴だという。

さらに4つめ。同社では80人近い職人を専属で抱え、元請け工事以外の、いわゆる下請け、孫請け、曾孫請けなどは基本的にしない。しないから、職人に対しても業界平均を大幅に上回る待遇が用意できる。また、職人たちも優遇によって誇りを持ち、丁寧で心のこもった仕事をする。いわば、ダイレクトに請け負って中間マージンのコストを削り、消費者に安く提供し、働く人にも報いていくというわけだ。しかも、この好循環に口コミ力が効き、広告宣伝費や営業費用をほとんどかけずとも、管理組合のほうから自然と依頼が来るというわけだ。

5つめが工事後のフォローの真摯さ。受注額が500万円以上の工事についてはナンバリングしてファイルに収め、何の工事で、住所はどこ、受注が紹介なのかリピートなのか持ち込み依頼なのかといった要因まで、細かく工事経歴書を作成している(今年7月末時点で延べ527件)ことにある。

本来、工事経歴書の施工実績は多ければ多いほどいいはずだが、大抵は都合のいい“抜粋工事”の実績のみで、すべてを開示しているわけではない。その点、外装専科では過去の工事実績が削除できないよう、ナンバリングをして開示しているのである。

「これまで未収入金は数十万円しかありませんし、裁判で訴えられたことは1件もありません。工事経歴書のみならず保証書も、たとえば工事した外壁塗膜に万一、膨れ剥がれ、あるいは極端な変褪色が発生した場合、5年間無償で修理しますし、塗装工事を実施した外壁面からの雨漏りも5年間保証しています。そして、もし実際に発生した場合は必ず無償修理する。この積み上げが信用そのものですから。

修繕工事は数千万円単位になるので、消費税増税を気にされる方も結構、いらっしゃいますが、(管理会社に煽られて)1年か2年早く工事させられてしまうだけです。それよりも、きちんと大規模修繕のサイクルを考えていくことが大事ですね」

ひと口に大規模修繕といっても、立地や規模、躯体などマンションによって工事の条件が異なってくるが、伊藤氏から見て、大規模修繕をやりやすい物件、やりにくい物件はどこが違うのだろう。

「我々の得意とする、ブランコ足場やゴンドラ足場などの吊り足場でやる場合、やりやすいのは普通の箱型ですが、特に関西では、屋上が屋根型をしたマンションも多いので、ちょっと危険を伴います。ですから、斜め屋根の物件では、当社の特徴がなくなっても安全性第一を考え、組立足場にするよう指示することもありますね」

気になるのは最近、大都市圏で増えているタワーマンションだ。高層で、特に上階からの眺望を売りにし、その分価格も破格だが、こうしたタワーマンションが将来、軒並み大規模修繕期を迎えたら、果たして外装専科式の修繕は可能なのか。

「まず、タワーマンションを手がける修繕業者自体がまだ少ないです。だから工事価格も相当、高止まりしていますし、どうしても管理会社依存になってしまうでしょうね。タワーマンションは、買った後の維持費、修繕が大変だと思います。

でも、私も長年やってきましたからアイデアは持っています。バルコニーがぐるっと建物の四方を囲っているようなマンションであれば、10階とか15階、20階といった節目のフロアの方に、3カ月から5カ月ぐらい、ほかのマンションで暮らしていただくんです。で、その期間、フロアごとお借りして、各部屋の中を通ってバルコニーに出て工事をする。そういうことができれば相当、工事費も安くできるんじゃないかと」

自己破産から再起し、成功

伊藤氏は、1人のプロの職人であると同時に、創業経営者でもあるのだが、今後についてはこう語る。

「私も来年2月で69歳になりますし、いつまでも社長をしていてはいけない。そろそろ当社の良き社風を見守る、会長にならねばいけません。

過去、私は自己破産という苦い経験もしています。かつて『時代劇の父』と言われた、伊藤大輔という映画監督がいましたが、彼は私の叔父で、この立派な叔父を目標にし、お客さんに喜ばれることを大きな励みに頑張ってきました」

ここで、伊藤氏のキャリアを簡単に振り返っておこう。19歳で父親が営むビルの塗装・防水工事業に従事し、24歳で独立、伊藤工業所を興した。主に雨漏り修理を手がけ、独力で「ノンクラックコート」を開発、塗装業に移行する。こうして1980年にアズマ工業(後に株式会社アズマ)を設立するのだがその後、急成長の反動か、管理体制の甘さもあって大幅赤字に転落。同じ頃に始まった銀行の貸し渋りも追い打ちをかけ、98年に会社、個人とも破産してしまう。

それでも不屈の精神を発揮して、破産直後から個人で塗装業を再開し、10年前の2003年に有限会社外装専科を設立、2年後の05年に株式会社化して今日に至っている。

最後に、伊藤氏はこう結んだ。
「我々の工事スキル、工程管理ノウハウなどをいままで以上に磨いて、会社としてはそんなに大きくならなくてもいいから、少なくとも私の目の黒いうちは、お客さんのほうから自然と発注が来るという社風は絶対に守りたい。そこが壊れたら、ただの会社になってしまいます」

(本誌編集委員・河野圭祐)

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