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企業の匠

製造業、サービスを問わず、企業には「◯△の生みの親」、「△◯の達人」と呼ばれる人がいる。
そうした、いわば「匠の技」の数々がこれまで日本経済の強さを支えてきたのだ。日本の競争力低下とともに、そこがいま揺らいでいるという指摘が多いからこそ、各界の匠にスポットを当ててみたいー。

2013年2月号より

NHK記者の座を捨て PRの手法で問題解決 井之上パブリックリレーションズ 尾上玲円奈

2年連続で表彰状

PR―パブリックリレーションズとは、企業広報のみならず、販売促進広報やIR、危機管理などを含んだ、企業価値やブランドイメージを向上させるための手法である。

これは企業にだけではなく、さまざまな団体や国家レベルでも通用するものだ。バブル崩壊後、国際社会における日本の地位が低下したことがよく話題になるが、これは日本のPR下手を証明しているようなもの。グローバル化が進んだ今日では、国としてPRに積極的に取り組むことが不可欠となっている。

その日本のPR業界において、草分けともいえるのが井之上パブリックリレーションズ。1970年に設立され、数多くの企業や自治体、政党などのPRを手がけてきた。

2012年のPRアワードで2年連続の優秀賞を獲得した。

この井之上パブリックリレーションズの社員で、日本パブリックリレーションズ協会が主催するPRアワードで2年連続で優秀賞を受賞したのが、本稿の主人公、尾上氏(アカウントサービス本部戦略企画部部長)である。

最初の受賞は2011年。尾上氏をリーダーとしたチームが、公的機関向けに無償で提供した「ツイッター活用マニュアル」が同年のPRアワードのソーシャル・コミュニケーション部門で優秀賞に輝いた。

11年3月11日の東日本大震災によって多くの自治体のサーバーが被害を受け、情報提供に困難を生じた。そこで大活躍したのがツイッターで、これを通じて行政側は情報を発信しつづけた。ところがその一方で、不適切な投稿や、恣意的な削除などもあり、利用者から批判され、時には炎上することもあった。ツイッター活用マニュアルは、自治体がいかにそういうトラブルに陥ることなくツイッターによって情報を提供するべきかをわかりやすく解説した。

「震災後の4月中旬に被災地に応援に行き、自分たちに何ができるかを考えました。その頃になると、日本各地から物資が届いていた。だったら自分たちの専門性を活かした、コミュニケーションに関する応援をしようとなりました」(尾上氏)

会社としてもCSRとして無償で提供することとなり、5月にマニュアルは完成した。このマニュアルは発表直後から反響を呼び、これまでに200近い自治体から、申し込みがあったという。

翌12年のPRアワードでも尾上氏のチームはマーケティング・コミュニケーション部門で優秀賞を受賞した。この時の業務名は「沖縄への修学旅行促進PRプロジェクト」。

中学や高校の修学旅行先として沖縄を選ぶ学校は多く、2006年まではほぼ右肩上がりで学校数は増え続けていた。しかし少子化の影響もあり、ここに来て頭打ちになってきていた。
これに危機感を抱いた沖縄観光コンベンションビューラー(OCVB)は、PR会社を使ってもう一度修学旅行先として沖縄に目を向けてもらおうとコンペを実施、これに応じた尾上氏のチームの案が選ばれた。

この時、OCVBが提示したのは、メディアを沖縄に呼んで記事を書いてもらうための方法論だった。ところが尾上氏たちは、そういう手法ではなく、これまで何度も沖縄を修学旅行先に選んだ学校にミス沖縄やOCVB幹部が訪問して感謝状を渡し、それをメディアに取り上げてもらおうというものだった。さらには、全国各地にあるエイサー(沖縄の伝統芸能)団体に協力を得て、学校でエイサーを踊ってもらうようにした。

つまり、OCVBの提示した仕様をほとんど無視して、オリジナルの企画を提出し、コンペを通過。さらには多くのメディアに取り上げられることとなった。PRアワードではそこが評価された。

「いまの時代、記者や編集者を招いたからといって、それで記事にしてくれるとはかぎらない。だったら広告にしてほしい、と言われかねない。それよりイベントを仕掛ければ、メディアも取り上げてくれるのではないかと考えました。私自身、以前は記者でしたから、その経験からどうやったらメディアが取り上げるか考えました」(尾上氏)

この尾上氏の言葉からもわかるように、尾上氏は井之上パブリックリレーションズに入るまではNHKの記者として活躍していた。

早稲田大学雄弁会の幹事長

尾上氏は1980年大阪生まれ。1浪して早稲田大学政経学部経済学科に入学し、雄弁会に入っている。雄弁会では東京六大学弁論大会で優勝するなどの活躍を見せ、2年生の時には幹事長を務めた。在学中に衆議院議員秘書も務めたが政治の道には進まず、2005年にNHKに入局、島根放送局に配属された。

NHK記者から井之上パブリックリレーションズに転じた尾上玲円奈氏。

通常、新人記者は警察回りなどに忙殺され、自分の原稿が使われることなどそれほど多くない。ところが尾上氏は、島根県の離島、隠岐島に産科医が1人もいなくなるという話をスクープ、これが大きな話題となり、「クローズアップ現代」や「NHKスペシャル」などの番組制作にも携わった。さらには国会でもこの問題は取り上げられ、「離島妊産婦安心出産支援事業」が実施されるきっかけになった。

「もともと、自分が動くことで少しでも世の中がよくなればいい、と考えてジャーナリストになったわけですから、非常にやりがいのある仕事でした」(尾上氏)

ところが、同時に別な思いも湧いてきたという。

「取材先でアドバイスのようなことを言うと、『記者だから簡単そうに言えるんだろう』と言われることもありました。さらには『俺たちが失敗したらそれをまた書くつもりだろう』とも。そういうことを言われるたびに、第三者として関わるより、一緒になって物事を動かしていきたいという思いが強くなってきました」(尾上氏)

そんな時、井之上パブリックリレーションズ社長の井之上喬氏から電話があった。
実は井之上氏は早稲田大学でPRに関する授業を持っている。尾上氏はその生徒であり、卒業後も上京するたびに井之上氏と食事をし、情報交換を行っていた。その井之上氏は電話で、尾上氏の心を見透かすかのように「そろそろうちに来い」と声をかけた。

この言葉が、迷いを断ち切った。NHKを2年で退職した尾上氏は、07年4月、井之上パブリックリレーションズに入社、この4月に現職の戦略企画部部長に就任している。

「僕の仕事は、クライアントの困っていることをどう解決するか。そのためにクライアントの望んでいることを言語化し、ウォンツをニーズに置き換えることを考えています。担当しているのはさまざまな企業・団体ですが、いずれは日本が戦略を立てる時に、パブリックリレーションズの立場からお手伝いしたいですね」(尾上氏)

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